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東京高等裁判所 昭和60年(ラ)338号 決定

抗告人 天知勝久

主文

本件抗告を却下する。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は、別紙即時抗告申立書〔略〕記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

一件記録によれば、抗告人は、昭和53年3月25日横浜家庭裁判所に対し被相続人天知信義の相続財産に対する遺留分の事前放棄の申立てをし(同裁判所昭和53年(家)第1185号事件)、同裁判所は、同年5月10日右放棄を許可する旨の審判をしたこと、ところが抗告人は、昭和59年10月9日に原審に対し右審判の取消しを申し立てるに至つたが、その理由は、「前記遺留分の事前放棄の申立ては右被相続人から抗告人の負債を整理する際の条件として要望されたことに基づきなされたものであるが、右審判後既に6年以上の期間が経過し、右被相続人も64歳の高齢となつた。その間、抗告人は右被相続人の意思を尊重し、その指示に従つて来ており、現在では遺留分の放棄も不要と考えられるので、右被相続人の意思を確認したところ、右被相続人も前記遺留分放棄の審判の取消手続に協力する旨を約した。」というものであること、しかし、原審は、抗告人の行状が相変わらず芳しくなく、右被相続人と抗告人との関係が以前にも増して悪化していること、右被相続人は右審判を取り消すことに強く反対していることを認定した上、右審判を存続せしめることが不当であるとは考えられず、また右審判それ自体が不当であつたと認めるに足る事由も存在しないことを理由に、昭和60年5月24日抗告人の右審判の取消申立てを却下する旨の審判をしたことが認められる。

右事実によれば、抗告人の本件取消しの申立ては、前記遺留分の事前放棄の許可審判後における事情の変更を理由として、右審判の取消しを求めるものであり、抗告人は、右申立てを却下した原審の審判を不服として、本件抗告に及んだことが明らかである。

思うに、民法第1043条第1項による遺留分の放棄の許可に関する家庭裁判所の審判については、民法及び家事審判法上、これを取り消すことができる旨の明文の規定がないから、抗告人の本件取消しの申立ては、非訟事件手続法の定めるところに従つてなされたものと解するほかはないが(家事審判法第7条参照)、しかし、右申立てが非訟事件手続法のいかなる規定によりなされたものであるか、抗告人の当該申立書の記載からは必ずしも明らかでない。

仮に右申立てが同法第19条第1項による裁判の取消し又は変更を求める申立てであるとすれば、右申立ては前記事実に徴し同項の定める要件に該当しないのみならず、右申立てを却下した原審の審判に対して、抗告人は、即時抗告ないし同法第20条の抗告をすることができないものというべきである。けだし、同法第19条第1項による裁判の取消し又は変更は、当該裁判が当初から不当である場合において、これを更正するために、当該裁判をした裁判所が職権でするものであるから、抗告人が右取消し又は変更を求める申立てをしたとしても、右申立ては、単に裁判所の職権発動を促すものにすぎず、裁判所はこれに対し応答する義務はなく、したがつて、仮に裁判所が右申立てを却下する裁判をしたとしても、抗告人は、右裁判に対し即時抗告又は同法第20条の抗告を申し立てることができず、抗告人としては再度同旨の申立てをして、裁判所の職権発動を保すほかはないものと解される。

そこで、次に抗告人の右申立てが仮に講学上いわゆる事情変更による取消しの申立てであると解するとしても、ここにいわゆる事情変更による取消し又は変更は、当該裁判が継続的効力を有するものである場合、すなわち当該裁判が継続的法律関係を設定し、又は継続的法律関係に関する場合において、右裁判がなされた以後、右裁判の基礎とされた事実関係の変更によつて右裁判がもはや実情に適しなくなつたときに、非訟事件における裁判所の後見性ないし裁判における合目的性の優位に鑑み、実情に合致する措置をとることの要請に基づき認められるものであるから、本件の遺留分の事前放棄の許可審判のような、継続的法律関係の設定等に関係のない裁判について事情変更による取消しに関する法理が適用されるかは疑問があるが、仮にかかる裁判についても、一定の要件の下にこれを取り消すべきことが民法、家事審判法ないし非訟事件手続法の法理により要請されていると仮定したとしても、家事審判法第14条が、人の身分関係に重大な影響をもつ審判を永く不確定の状態におくことは適当ではないとの法意に基づき、非訟事件手続法第20条の特例として定められた経緯に照らすときは、かかる取消しの申立てに基づく審判(却下の審判を含む。)に対しては、即時抗告はもちろん、非訟事件手続法第20条の抗告もなしえないものと解するのが相当であるといわなければならない。

よつて、本件抗告は、不適法であるから、却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 吉野衛 裁判官 時岡泰 山崎健二)

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